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和歌山地方裁判所 昭和50年(行ウ)5号 判決 1978年6月28日

原告 宇都宮チホミ

被告 橋本労働基準監督署長

訴訟代理人 岡崎真喜次 柴岡巖 嶋村源 宮本善介 ほか二名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四八年六月二〇日付で、原告の夫宇都宮繁男の死亡につき原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の夫宇都宮繁男(以下「繁男」という。)は、電源開発株式会社(以下「会社」という。)に雇傭され、昭和四〇年以降右会社紀和電力所管内七色、小森発電所に勤務し、小森発電所(三重県南牟婁郡紀和町小森字小森所在)において右発電所及びダムの保守、管理をする土木係員をしていたところ、同四六年一二月一二日、居住していた同県熊野市有馬町の社宅から右発電所まで出勤するため、自己所有の原動機付自転車を運転中、同日午後四時ころ、同市井戸町字瀬戸県道七色峡線道路において道路わきに転落し、頭部に打撲を受け脳出血のためそのころその場で死亡した(以下「本件事故」という。)

2  原告は、繁男の妻で、繁男死亡当時同人の収入により生計を維持し、かつ、同人の葬祭を執行したものである。そこで、原告は、被告に対し、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給(以下「本件給付」という。)を請求したところ、被告は、昭和四八年六月二〇日付で本件事故による繁男の死亡は業務外の事由によるものであることを理由に本件給付をしない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。原告は、本件処分の取り消しを求めて和歌山労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同年一一月一五日付で同審査官から右請求を棄却する旨の裁決を受け、更に、労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同五〇年四月三〇日付で同審査会から右請求を棄却する旨の裁決を受け、右裁決書謄本は、同年五月三一日、原告に到達した。

3  しかしながら、次に述べるように、繁男の死亡は業務上の事由によるものである。

(一) 繁男は、本件事故当日、小森発電所において午後五時から同一〇時までの第二直勤務を行うことになつていたところ、社宅近くの熊野市駅前午後一時三〇分発の三重交通バスに乗車する予定で社宅を出たが、これに乗り遅れ、次のバスでは右始業時刻に間に合わないので、自己所有の原動機付自転車で出勤した。

(二) 本件事故当日、繁男の所属していた電源開発労働組合(以下「組合」という。)は組合員全員を対象に時間外労働拒否闘争を実施し、組合紀和分会では、直勤務者が年次有給休暇(以下「年休」という。)を取得すると代直すべき組合員に時間外勤務をさせることになるので、右闘争期間中は直勤務者に年休を取得しないように指導していたし、会社が組合員に時間外勤務を指示するためには、紀和電力所長が組合紀和分会と交渉して決定しなければならなかつた。そして本件事故当日は日曜日で小森発電所には組合員である直勤務者しかおらず、そのため繁男としては本件事故当日に年休を取得することは断念せざるを得ず、また会社としても繁男の代直者の獲得は困難であつた。

(三) 繁男が従事していた職務は、電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律の適用対象となつているほど公共性が高く、発電、送電の不時の中断又はダム、河川の異常による災害の発生を防止すべき重大な責任を負つている職務で、右職務が中断されるような事態がおきてはならない性質のものであつた。

(四) 小森発電所は、山間僻地にあつて繁男居住の社宅からきわめて遠く、日曜日には社有車の配車はなく、三重交通バスを利用して出勤する他はない。しかも右バスの運行本数はきわめて少数であり、繁男が乗車予定の右バスの利用を逸した場合、次のバスでは間に合わず、タクシーの利用も考えられるがその料金は通勤者負担で、またタクシー通勤を可とする会社からの通達はなく、結局同人のとるべき唯一の通勤方法としては本件事故の際に運転していた自己所有の原動機付自転車を利用するしかなかつた。また、本件事故当日においては、繁男が通過した道路以外に利用に適する道路はなかつた。

(五) 以上によれば、繁男が本件事故当日出勤に利用する予定のバスに乗り遅れた後において、同人としてはその日の年休の取得を断念せざるを得ず、またその日欠勤することはその職務上とうていできず、よつて唯一の通勤方法である右原動機付自転車を運転して出勤したものである。従つて、もし繁男が直接の上司である後藤隆男にバスに乗り遅れたことを連絡したとしたら、同人は、繁男に対して特に出勤を命じていたであろうし、その時に繁男が年休の請求をしたとしても後藤がその時季を変更して出勤を命じたであろうことは明らかである。そうだとすると、繁男は、右当日上司から出勤命令こそ受けはしなかつたものの、客観的にみて上司から特に出勤を求められたと同視すべき事情があつたというべきであるから、繁男の右出勤は、使用者の支配管理下に入つていたというべき特別の事情があるものであつて、社会的に必要とされる準備行為といえども労働契約の本旨に基づく行為と解されるので、同人の死亡は業務上の事由によるものといわなければならない。

なお、仮に本件事故につき、繁男が上司の意見を聞かずに出勤したこと、又は繁男がバスに乗り遅れたことに過失があるとしても、労働基準法、労働者災害補償保険法よりみて、死亡災害については右過失の存在を問題とすべきではない。

4  よつて、繁男の死亡を業務外の事由であるとした本件処分は違法であるので、原告は、被告に対し、その取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2項の事実は認める。

2  同3項のうち(一)の事実は認め、(二)の事実は不知、(三)ないし(五)は争う。

3  同4項は争う。

三  被告の主張

1  本件事故は、繁男が、その居住する社宅から勤務場所である小森発電所まで出勤する途中、予定のバスに乗り遅れたため、私有車を通勤に利用することが会社から厳禁されていたにもかかわらず、自己所有の原動機付自転車で出勤途上死亡した事故である。

2  本件事故は、右のとおり、繁男の通勤途中において発生したもので、通勤途中の事故は、住居の選定、通勤の経路、手段がいずれも全く労働者の自由意思に任されていて、通常使用者の関知するところではないのであるから、その通勤が使用者の指揮命令に基づく支配管理下にあると認められるような、たとえば特別の業務命令による場合とか使用者の専用車による通勤の場合等、特段の事情のある場合を除いては、使用者の支配管理下に入つているものとはいえず、従つて業務上の災害と認定されない。

本件事故は、通常の勤務につくための出勤途中のもので、右にいう特段の事情は存しないのであるから、業務上の災害でないことは明らかであり、従つて本件処分は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  原告が本件給付を受けるためには、労働基準法七九条、八〇条、昭和四八年法律第八五号による改正前の労働者災害補償保険法一二条一項、同四九年法律第一一五号による改正前の同法一条からすると、繁男が、労働者として、「業務上の事由により死亡した場合」に該当しなければならない。ここにいう業務上の事由とは、労働者が使用者の支配管理下におかれている状態において災害が発生したこと(業務遂行性)を必要とすると解すべきである。

ところで、繁男は居住する社宅から勤務場所である小森発電所に出勤する途中本件事故のため死亡したことは争いのないところであるが、一般に労働者が出勤途中死亡した場合、労務の提供は勤務場所においてなすべきもので、労働者の通勤の経路、方法は労働者の任意で使用者の関知するところではないから使用者が出勤途中の労働者の被る災害を予防する手だてがなく、従つて出勤途中においては未だ労働者は使用者の支配管理下におかれているとはいえず、よつて、出勤途中においては原則として業務遂行性があると認めることはできないが、出勤途中であつても労働者が使用者の支配管理下におかれているとみられる特別の事情があれば、例外として業務上の事由があると解するのが相当である。

そこで、本件につき右にいう特別の事情があるか検討してみるに、繁男が、本件事故当日小森発電所において午後五時から同一〇時までの第二直勤務を行うことになつていたので、社宅近くの熊野市駅前午後一時三〇分発の三重交通バスに乗る予定をしていたところ、右バスに乗り遅れ、次のバスでは右勤務時刻に間に合わないので、自己所有の原動機付自転車で出勤途上にあつたことは当事者間に争いがなく、繁男が本件事故当日会社(上司)から明示の出勤命令を受けなかつたことは原告の自認するところであるところ、<証拠省略>によると、本件事故当日は日曜日のため小森発電所には直勤務者以外の者は出勤していなかつたこと、そのため、繁男が本件事故当日突然休暇をとれば、右発電所で第一直勤務に従事していた各務福三郎が引き続いて時間外勤務をして繁男の第二直勤務をせざるをえない状況にあり、現に本件事故のため各務が第二直勤務をも担当したこと、繁男の社宅から小森発電所までタクシーを利用できないことはないが、三重交通バスでの通勤が主であり、右発電所は山間僻地の不便な場所にあること、本件事故当日組合の指令により全組合員を対象に「時間外、休日労働並びに宿・日直拒否闘争」が実施され、会社が組合員である右各務に時間外勤務を命ずるには、労働協約に基づき、紀和電力所長が組合紀和分会に協議を求める手続が必要であつたこと、繁男の直勤務の内容は、小森発電所及びダムの保守、管理で(この点は当事者間に争いがない。)、緊急事態が突発して送電中断、ダム下流域の洪水等の被害が生ずるのを未然に防止する職務であり、会社としては繁男が勤務につかない場合その直勤務をする者がいないまま放置しておくことはできない性質のものであること、そのため、繁男の上司後藤隆夫七色、小森発電所長代理(次長)が、もし本件事故当日繁男からバスに乗り遅れた旨の連絡をうけていたら、時間的に余裕があれば代勤者を指名していたが、その余裕がなければ繁男に出勤を依頼していたはずであること、以上の各事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

右事実関係によれば、本件事故当時は組合の時間外労働拒否闘争中で、代直者の獲得が困難であつたこと、繁男の職務は災害防止上中断されるような事態がおきてはならない性質のものであつたこと、及び社宅から勤務場所までの交通の便がよくなかつたことは明らかであるところ、繁男が本件事故当日予定をしていたバスに乗り遅れた後、上司に連絡をしてその指示をうけていないことが明らかである。しかし、もし権限のある会社の上司(後藤等)に連絡をしてその旨を申告したとすれば、上司としては繁男に対し出勤をするように言明したであろうことは十分にうかがえる状況であつたといえる。

ところで、原告は、右のような状況がある以上出勤命令があつたと同視すべきで特別の事情により本件事故は業務上の災害に外ならないと主張する。しかしながら、およそ、使用者が労働者に対して出勤を命じた場合に、その労働者が出勤途中に使用者の支配管理下に入つたとみるべき特別の事情があるというためには、少くとも、労働者が休日等で本来労務提供義務のない日に、使用者が自己の都合により労働者に特別の出勤を命じた場合であることが必要であると解するのが相当であるところ、本件においては、繁男は本件事故当日、直勤務者として本来小森発電所で第二直勤務に従事すべき労務提供義務があつたものであり、仮に上司より出勤するように言われたとしても、又は、これと同視すべきであるとしても、それは繁男がバスに乗り遅れて遅刻しそうになつたことに対し、繁男の当日の労務提供義務を履行するように促すものにすぎず、出勤の義務のない日に特別の出勤を命じられた場合ではないから、右にいう特別の事情があつたとはいえない。

更に、繁男がバスに乗り遅れた後、仮に、権限のある上司に対し連絡のうえ年休を請求し、本件事故当日の第二直勤務を休暇とするようにその時季を指定したとしても、右のような組合が争議中であり、代勤者の獲得も困難な事実関係からすれば、労働基準法三九条三項但書所定の事由があることは明らかであるから、会社が時季変更権を行使し、これにより繁男が出勤した場合、やはり当日の繁男の本来の労務提供義務が存続しているものといえるので、この場合でも同様に右にいう特別の事情があるとはいえない。

そうだとすると、繁男が本件事故当日会社から特別の出勤命令を受けていたと同視しうる事情があつたので、前記特別の事情がある旨の原告の主張は採用しがたく、また、原告は、繁男の通勤方法、通勤道路等の特殊事情も強調するが、これらの事情があつたとしても、繁男の本件事故当日の出勤につき会社が支配管理を及ぼしていたものということはできず、他に特別の事情について原告の主張を肯認して前認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。

以上によれば、本件事故は、繁男が労務を提供すべき日に、その場所まで出勤する途中で発生したもので、右特別の事情は認められないから、繁男の出勤途中に同人が会社の支配管理下に入つていた(業務遂行性)とはいえず、よつて本件事故による繁男の死亡は業務上の事由によるとはいえない。

三  以上の次第で、本件事故による繁男の死亡が業務外の事由によるとして本件給付を支給しないとした本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 惣脇春雄 川波利明 磯尾正)

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